雨降る土曜

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TOTOさんで展示させてもらいました。

なるほど。という感じです。
今までの展示とは違うなあと思うわけです。

これまでは
「作品展示会場」で「写真」を展示していました。
「写真」と「作者」と「見てくれる方」の3の世界です。

でも
「商品」と「消費者」の2の世界に
「イメージの装飾」のプラスアルファのようなかんじでお邪魔しました。
メーカーの店頭まで商談にくる方は
トイレを見たい、キッチンを見たい、電化にしたいという
目的をもつ方なわけです。
そこでの写真のコーナーというのは目的外なわけですね。
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理由はなんであれ
作品を目の前に お客さんにたくさん素通りしてもらったことで
忘れてはいけないものを思い出しました。


ここで実力のある写真だと、
それでも足を止めることができるのかな?とか
でも、
じゃあ実力ってなんだ?とか
うまい、へたってなんだ?とか
そもそも展示ってなんだ?とか

思いました。


今回はイベントの性質上、会場の性格上、
コトバをほぼ無しにしました。

今までの作品を知ってる方は物足りなさも感じるんだと思います。

その時
写真というもののレベルをさらけ出してるなあと思いました。
いままでコトバに頼ってきたんだなあとも実感しました。


よく、
コトバと写真
どっちがやりたいことかとか聞かれます。
どっちもやりたいことですね。といいます。

でも
両方を共存させると両方がケンカしたり、
見る方の自由とかは限られます。
最近そう思います。


創る本人が思います。
あの日のトンボがココロにグッときて撮った。
あの日のキモチがココロで泣いていてコトバになった。
重ねた。うまく重なった。満足した。救われた。

でも、今日見るその作品は
新たな気持ちで見たい。
今日見る作品はそういうコトバがのせてなくてもいい。
写真だけでみたい。と思ったりします。
わかりやすく言えば「くどい」と感じたりするのです。


今日
「この写真はなにがいいたいんだい?」と言われました。
もともと、
作者といえども
作品のいいたいことなんて伝えるのも違和感あるんです。
その子をそう撮りたいからそう撮っただけです。としか言えないんです。
「なんとなく」というふざけた返答もさすがによくないかなと思って
ある程度はコトバを使って伝えます。
でも、その最後の最後にコトバでは言えない部分を
表すのが「写真」というものだと思うのです。

それを私は今までコトバでトドメをさしてた気がするのです。

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なんというか
迷いですね。今。

でも
確実なのは
コトバも写真も好きなこと。
コトバも写真も私がつくること。

これは変わらないし 
またゆっくり考えよっと。

ハッまたこんな時間だ。
寝ます・・・
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by tomomixphoto | 2007-10-28 01:26